PISA2015におけるテキストについての考え方

 PISA2015について色々報道はありましたが、今回は読解力がメインの調査ではないので、分析できることには限りがあります(たとえば、PISA2009で調査された「メタ認知」については今回調査されていないので、学習者の持つ方略意識と正答率との関係を分析する、などはできません)。

 改めて、今回の調査の評価の枠組みを読んでみたところ、2015年調査のテキストについての考え方をいちおう整理しておいた方がいいかな(自分が忘れるので)と思ったので、簡単にまとめておきたいと思います。以下の内容はおおむね次の本に依拠しています。ページを記載している場合はこの本からの引用であることを示します。

「デジタル読解力」概念の消失

 PISA2009とPISA2012では、「デジタル読解力」の調査が行われました*1。これは、ブログを読んだり、ボランティアの募集サイトがどのようなサイトであるかを判断したり、といった問題に取り組むものです。

 PISA2015ではこの「デジタル読解力」は問われていません。これは、今回から調査実施形態が基本的に「コンピュータ使用型」に変わったことによります。これにともない「紙媒体のテキスト」と「電子媒体のテキスト」という区分がなくなりました(全部電子媒体なのだから当たり前ですね)。

 ということは、「読解力」と「デジタル読解力」は融合したんだね、と思いたくなりますが、そうでもないようです。

「テキスト表示空間」概念の登場

 「紙媒体のテキスト」と「電子媒体のテキスト」という区分に代わって登場したのが、「固定されたテキスト」と「ダイナミックなテキスト」という区分です。これは「テキスト表示空間」の違いとして説明されています。両者の違いは次のようになっています。

固定されたテキスト 「読み手はある特定の順序でテキストの内容にアプローチするように仕向けられる(とはいえ、強いられるわけではない)。本質的に、こうしたテキストは固定された静的な存在である。」p.77
ダイナミックなテキスト 「読み手は、たどっていった先のリンクで出くわす情報から「カスタマイズした」テキストを構築する。本質的に、このようなテキストは固定されてない動的な存在といえる。」p.77

 つまり、「ダイナミックなテキスト」を用いて評価される方が、従前の「デジタル読解力」に近いと言えそうです。「固定されたテキスト」を読むことに比較しても、それぞれの読み手が自身の目的や関心に基づいて意味を「構築する」側面がより強調されていると言えるでしょう。

 ただし、PISA2015では「ダイナミックなテキスト」を用いた調査は行われていません。概念は作ったけれど、その実施は次のPISA2018(読解力調査がメイン)で、ということでしょうか。

背景にあるテキストについての考え方

 これらのテキストについて、PISA調査では次のような「精神面での方略、アプローチ、又は目的」(p.79)によって読んでいくことになります。

上位カテゴリー 下位尺度
探求・取り出し 情報の取り出し
統合・解釈 幅広い理解の形成/解釈の展開
熟考・評価 テキストの内容の熟考・評価/テキストの形式の熟考・評価

 また情報の取り出しの上位カテゴリーが変わってる……。なかなか安定しませんね。

 このように読むことを「方略やアプローチ、あるいは目的によってテキストを読んでいくこと」と捉える見方の背景にあるのは、次のような見方です。

 読解力はもはや、学校教育の初期の段階でのみ習得される能力ではなく、個人が同輩やより広い地域社会との相互作用を通じて、様々な状況の中で構築する、生涯にわたって拡大していく知識・技能・方略の集合体であるとみなされるようになっている。(p.71)


 読み手はテキストに反応して意味を生成する際、これまでに得た知識やテキストの一定の範囲、社会的・文化的なものに由来することの多い状況的な手掛かりを利用する。また、意味を構築する際には、種々のプロセスや技能、方略を用いて、理解を促進し、検討し、主張する。(p.72)

 ここに示されているのは、今ではほとんど前提として共有されるようになってきた「状況に基づいて意味の生成をしていく読み手の姿」です。

 ここで用いる「プロセスや技能、方略」は状況や目的に応じて使い分けることが想定されており、そのためにPISA調査では問題文となるテキストに(たとえば)「状況」が設定されています。整理すると次のようになります。

私的状況 私的な手紙、小説、ブログ、インスタント・メッセージなど
公的状況 公的文書、報道ウェブサイトなど
教育的状況 教科書、対話型学習用ソフトウェアなど
職業的状況 新聞の求人広告欄、職場の指示など

 より詳細に読解力の内実をみようと思えば、たとえばこの「状況」別の正答率などを見る必要もあるでしょう。PISA2009のようにメタ認知に関する調査を行っていれば、その結果との相関を見ることにも意味がありそうです。

 言語活動によって「場」を設定することは、今後も行われていくと思いますが、その「場」の設定(あるいは認識)が、方略やアプローチの選択と関わる、ということはより意識される必要があるでしょう。ICTについても、使えばいいということではなく、学習者の言語生活の中でICTがどのような「場」に位置づくものであり、どのような役割を果たすものであるかを考えないと、「学校の中だけで使う特殊なもの」になってしまうおそれがあります。

PISA2018に向けて

 このように見てみると、PISA2015の読解力調査は、きたる2018年度の調査に向けて、PISA2009の枠組みを組み替えながら整理する橋渡しの調査のようにも見えます。特に「ダイナミックなテキスト」についての調査が行われていないところが、本来調査したいものを次に回した、という印象を強くさせています。